2012年3月24日土曜日

4.津波到達直後

4.津波到達直後」は




http://takanosunotora.blogspot.jp/2012/03/4.html

へ移動しました。


以下は内容の一部です。

フェイルセーフ機能は直流電源があることが前提です。
その直流電源が無いのです。
(訳の分からない言い訳じみた記述はありますが・・・)
また、実際に隔離弁を閉じるモーターは直流と交流電源が使われています。
交流電源を使うモーターを使う隔離弁は
交流電源がなくなれば、開きも閉じもしなくなります。

報告では、
圧力容器圧力が高かくなる異常で
非常用復水器が動いたとしています。
この時、交流電源は生きていますから
非常用復水器の弁(MO-AMO-4AMO-BMO-4B)
開きます。

以後、交流電源を失います。
そして、直流電源を失ってフェイルセーフ機能が働いても交流モーターを使うMO-AMO-4AMO-BMO-4B隔離弁は閉じません。

・・・・・・
・・・・・・
仮に原子炉を再稼働させる理由があるとすれば、それは今の経済状態が理由になりません。

核燃料棒は冷やす水がなくなれば、どろどろに溶ける事故を起こします。
再稼働させなければ、こうした危険を持つ核燃料を何億年も管理することになります。(脅しではありません。事実です。ウラン235の半減期は7億年です。

1年で事故が起こる可能性は小さいですが、10年、20年・・・100年、1000年の間に事故の起こる確率は高くなります。
何年で事故の起こる可能性が99%になるのか分かりませんが、そうした数字は必ずあるわけです・・・

理論的に必ず事故は起こるのです。

こうした事故が起きないようにするために、
核燃料を燃やす=原発を再稼働する
必要があるのです。
こんな状況を作ったのは、アホ政治家と経済産業省のバカ役人です。

2012年3月21日水曜日

3.止められた冷却系

1.逃がし安全弁 非常用復水器 原子炉隔離時冷却系
2.自動停止する原子炉隔離時冷却系

で見えてきたことは
原子力発電所では大地震が発生しても原子炉を
冷温停止状態にせずに発電再開に備えてアイドリングさせるのだと言うものです。
これは、原子力発電所の常識で妄想ではないかもしれません。

この観点から、事故原因について時系列的に考えてみました。

3111446分頃地震が発生します。
すぐに外部電源がなくなり、非常用発電機が動きます。
12号機では非常用発電機の電源が供給されたかは不明で、発電機が動いたのを確認しただけです。3号機では供給されました。


常識的には、非常用発電機DGを使って、低圧注水系高圧炉心注水系を使って原子炉を冷却するはずなのですが、今のところ中間報告には、ほとんどその記述はありません。

1530分頃 津波が2度到達します。
1542分 に全交流電源喪失して、15条通報します。
FAXで通報する時代錯誤の通報システムは今も変わっていないかもしれません。
ここまでの非常用発電機DGが動いていたはず。

非常用発電機が1446分頃から1542分の間のどのように使われたか妄想します。

原子炉は安全を確保するため、いろいろな冷却装置があます。
先に触れた、非常用発電機DGを使う低圧注水系高圧炉心注水系がそうです。

分かりやすいのは1号機の状態です。

1号機は1452分頃、「原子炉圧力(圧力容器圧だと思います)高」の異常事態で非常用復水器が自動起動します。
逃がし安全弁が正常に動作していれば、このような状態にはならないわけです。
そして、原子力発電所の常識に従って、一旦、非常用復水器を止め、圧力容器の圧力を67MhPaに保ちます。

中間報告では
P81
当直は、67MhPaに保とうと考えたそうです。
これはシステムが冷温停止状態にしようとしているのに人間が邪魔して危険な状態を保ったことになります。
しかも「原子炉圧力高」の異常事態を無視してのことです。

さて、圧力容器の圧力を6~7MhPaに保つとは先の、非常用発電機DGで動く低圧注水系や高圧炉心注水系を止める必要があります。

こうしたものはスクラムをすれば、自動的に動くべきものですから人間が止めたことになります。

ほとんど、原子炉冷却のために非常用発電機は使われなかったと思います。

システムには複数の冷温停止に向かう流れがあったのですが・・
原子力発電所の常識がこの流れを断ち切ったことなります。
 メルトダウンが起きて当然です。
・・・・・・・

2号と3号機はどうでしょうか?
まず、
原子炉隔離時冷却系は連続ベントしているようなもので、圧力容器の放射性物質が外に出る可能性があります。
特に3号機はプルトニュウムがあり、簡単に動かすべきものではありません・・・こうした前提があるはずなのですが・・・ 

23号機とも、直流や交流電源がなくとも動くはずの原子炉隔離時冷却系を手動でうごかします。自動ではまだ動かなかったのです。



1号機の非常用復水器と同じ位置づけの冷却装置ですから、初めから動くものではないかもしれません。
中間報告には、何故、手動で動かしたかの説明はありません。

無責任な中間報告です。

原子炉を冷却していたのは原子炉隔離時冷却系だけのようです。 

そして、原子炉隔離時冷却系だけでは十分に冷却せず、圧力容器の圧力が高まり逃がし安全弁が開きます。

逃がし安全弁が開くと 「圧力容器の圧力減」 と 「格納容器の圧力増」 となり
結果、
サプレッションプール(圧力抑制室)の水が押され、圧力容器に大量に流れこみます。

この水でポンプ用の発電機を壊さないように、「圧力容器の水位高」で原子炉隔離時冷却系は止まります。

2、3号機ではこうしたことを繰り返します。
このような危険をあえてしていたと思います。
それが原子力発電所の常識だと思います。

直流電源があるうちは、原子炉隔離時冷却系は再起動できたのですが直流電源がなくなると再起動できなくなりました。

低圧注水系や高圧炉心注水系が動いてれば、圧力容器の圧力が下がり、逃がし安全弁が開くことはなかったはずで、
原子炉隔離時冷却系が止まってあからさまにどうにもならない状態になることは避けられたと思います。

また、逃がし安全弁が開いたくらいで原子炉隔離時冷却系が止まるのは設計ミスか、点検不足の調整ミスです。

ここでも1号機と同じ原子力発電所の常識が働いたと思います。

再発電に備えて、人間が低圧注水系高圧炉心注水系を止め、原子炉隔離時冷却系だけを用いて、圧力容器の圧力を7MhPaに保ったのだと思います。

原子炉隔離時冷却系が止まったことなど、何時もの出来事で異常(危険)な状態だとは思わなかったのです。
やはり、メルトダウンして当然です。 

この妄想だけだと、地震が起きたとき適切な処置をとっていればあの事故は起きなかったかもしれません。

しかし、私は原子力発電所の再開には反対です。

こうしたことを明らかにしない中間報告は、政府や経済産業省が明らかにしないのと同じことだと思います。
つまり、政府、経済産業省電力会社の信用できない体質はかわりません。

このまま、原発を再稼働させれば事故は必然だと思います。

あの事故は原子力発電所の常識(人間の信じられない判断)も大きな一因だと思います。
 改めて、あの事故は東京電力が起こした人災だと思います。


雑感、
冬に日本海側で雪が降るのは海上の温度が相対的に高くなるためです。
雪は海上で出来上がり陸に吹き付けるのす。
私は昔、日本海側で下降流が計算されているのに雪が降るのが不思議で先輩に質問したことがあります。
答えはよく覚えていませんが、
「西高東低で陸上は高気圧圏内なのだけど、海上の雪が吹き付けて雪が降る。」
ような説明だったと思います。

真冬に福井県の原発で、今回のような事故が起これば、下降流の中、放射性物質は上空には拡散せず、北または北西風にのって地表付近をなめて流れてきます。
あっと言う間に名古屋や浜松市にも大きな被害がでると思います。
原発から滋賀県が30キロにあるなどといった考え方は全く現実的ではありません。
今回とは全く違う事象になります。
SPEEDIであらゆるケースについてあらかじめ計算しておいて、避難計画等を立てるべきです。


こんなことも「政府は隠している。」としか思えません。

前総理が静岡県の原発を止めたのは、放射性物質が西または南西風にのれば東京に大きな被害がでると考えられたからだと思います。
しかし、原発をいっきに全部止めるのは、ためらったのだと思います。
正しい判断かどうかは私には分かりませんが、現実的な選択だったと思います。

2012年3月12日月曜日

水素爆発と中間報告

申し訳ありません。
間違えがありましたので訂正しお詫びします。


中間報告を少し読み始めました。
まだ、数枚ですが・・・
1号機の非常用復水器について、東電は
「東北地方太平洋沖地震発生当時の福島第一原子力発電所運転記録及び事故記録の分析と影響評価について(概要)」
で説明しています




原子炉を緊急停止するときは、圧力容器の温度変化が55/h(1時間に55度)を超えないように停止させる手順書になっているとのことです。

(?これは恐らく非常用復水器の動作テストにおける手順書だとおもいます。手順書に従わなくとも、 圧力容器を多少傷めることになる程度?かもしれません。それならメルトダウンよりましですので手順書を無視した方がよいと思います。)

この作業のため、非常用復水器のスイッチを「ON」「OFF」を繰り返し圧力容器の温度変化を調整するのですが、東電の説明ではA系、B系のスイッチを一旦切り、A系を「ON」「OFF」しています。

そして中間報告は
その後、直流電源喪失でスイッチが「OFF」になったとしています。
私は「OFF」になる根拠がわかりませんでした。
直流電源がなくなって非常用復水器がとまるような設計なら、設計の明白な間違えです。
中間報告はその点指摘すべきと思います。

また、中間報告では1号機の逃がし安全弁が動作した証拠はないとしています。
要するに動作するはずの「逃し安全弁」が動かなかったと読み取ってもよいと思います。
逃し安全弁が動かなければ、圧力容器の温度は下がりませんから
先に心配された2号機より先に1号機がメルトダウンした(と思う)のはこのためかもしれません。

この逃がし安全弁は設定圧力で動作するはずなのですが・・・
設定圧力で動作しない事故がよく起きるようです。
そうした事故の例がありました。

福島第1原発:安全弁検査ミス…保安院所管法人が見逃す

私には、記事のように逃し安全弁は正常に動作したのではなく
逃がし安全弁の動作圧力の設定があまく、基準値以下で逃がし安全弁が開いてしまった。」
と思えます。


メルトダウンした3号機でこうしたことが起これば、プルトニュウムが外に出てくる・・・。


1号機は設定圧力でも動作せず
結果、蒸気圧が上がり液体の水の水位が下がる悪循環が起こり、すぐにメルトダウンが起きてしまった・・・。
そう思います。

2012年2月14日火曜日

原子力発電所の水素爆発と放射能

水素爆発を起こしたのは
1号機が
3月121531分(35分との説あり)
3号機が
314111
でした。

無責任な中間報告で水素爆発の原因が一応、公式的に

爆発したのは
ベントにより
水素が原子炉建屋に漏れて
爆発した
とのいい加減なものになってしまいました。

無責任ですが、気分が悪くなりますので私は中間報告なるものは読んでいません。
昨年の暮れ、TVニュースの解説でその存在を知った程度です。

さて水素爆発と放射能の関係を調べてみましたのでお知らせします。

こんなこと、もう終わりにしたいのですがどうも政府は日本を核燃料からでる放射能のゴミ捨て場にする気のようです。

そういう風に思えてしかたないのです。

資料は
です。
配置図は

モニタリングポストは

です。

各モニタリングポストの最大値(μSv/h)とその出現時刻は
場所   最大値μSv/h 出現時刻
MP-   150             3131620
MP-   820             3140400
MP-   481             3140920
MP-  1557.5          3131352
MP-    6.9         3141246
MP-    4.2         3141234
MP-  1292             3211706
MP-   80              3122110
管理棟        0.065     3111810
事務本館北 5055             3181700
正門         1932             3211830
正門付近  11930             3150900
西門           2434             3151215
体育館付近      0.054     3111720
体育館脇     752             3161703

なかでも最大は正門付近の11930μSv/h=11.93mSv/hです。
年間量に換算するには24時間×365日=8760を掛ければよいので
11930μSv/h=11.93mSv/h=104506.8mSv/
一般の人の年間許容被曝線量は1mSv/年のようです。 


各モニタリングポストの値を見てみましょう。
正門付近

正門付近はベントや水素爆発と関係なく1516日にかけてまるで格納容器の中身が出てきたような印象をもちます。(多分印象ではなく証明できないだけで事実だと思います。)
周期的にほぼ12時間おきに出ていますから人間が操作したのかもしれません。

ピークの後に時間的にとの程度まで下がるか確認しておきます。
半日で500μSv/h程度まで下がるようです。




正門

正門付近と正門でこうも違うのかとの思いです。
正門付近は直接放射能が吹きつけ、正門はその余波が達したと言うことかもしれません。

事務本館北

データがないだけ(?あるのかもしれないが・・)で17日以前から高くなっていたはずです。
1516日にかけ格納容器の放射能が外にでて、その後も小刻に放射能が外に出ている(
dasiteiru )のだと思います。
西門

15日のピークは正門付近に吹き付けた放射能の余波だと思います。
18日は事務本館で1つのピークが出ています。おそらくそのピークがでている時間帯のデータが途切れています。恐らくピークがあったのだろうと思います。
逆に西門の19日のピークに対応する時間帯は事務本館では途切れています。
MP-4
東電は

312日に


とプレスを出しています。

制限値を超えたのはMP-4です。

爆発直前にピークがでますが、東電は121430分に格納容器圧力低下を確認しベントによる圧力低下と判断しています。
1430分ころに上空に向かって廃棄筒より放射性物質を出し、その放射性物質が約1時間後に落ちてきたことになります。
ピークは爆発前でベントによって生じています。
爆発によりMP-4の放射能は高くなっていません。
画像は省略しますが、1号機の爆発は水平方向の爆発でした。
もし、ベントで漏れた放射能と水素が原子炉建屋に漏れたなら爆発で正門付近上の放射能が漏れたはずです。
奇跡的にどのモリタニングポストでも水素爆発による放射能は観測していなかったことになります。
常識的に、1号機の原子炉建屋の中には入れなくなるはずですが・・・
3号機の爆発は314111分で、この爆発の前のピークは912分です。
ベントは314924分ベントしたそうです。(メモ30
MP-4ではこのときのベントを捕らえられなかったようです。

MP-1

1号機のベントや爆発との関係は私にはわかりません。

MP-2

ベントや爆発との関係はわかりませんがかなり高い値を観測しています。
MP-3

ピークは920分です。ベントは924分ですが・・
ベント後1時間程度たってピークを向かるはずですからこのピークは爆発どころかベントとも関係なさそうです。

MP-5 MP-6
はベントや爆発との関連はとらえていません。

MP-7は3211706分に1292μSv/hを1回観測しただけで、後は数回10μSv/h以下の値を観測しただけでした。
ントや爆発との関連はとらえていません。

MP-8 

ピークは 3122110分です。
ベントや爆発のとの関連があるとは思えません。
爆発によって放射能が観測されるなら、正門付近の観測結果と似るはずだと思います。

体育館脇

ベントや爆発との関連はわかりません。

モニタリングポストでは水素爆発による放射能は確認できませんでした。爆発によって放射能は漏れていない可能性のほうが高いと思います。


いい加減な中間報告なのでしょう。
原発を続けるなら、失敗を繰り返すのは確実なような気がします。

さて、2号機のピットに漏れたものは除いて放射能が直接漏れたのは15日以降のようです。
15日に何があったか確認しましょう。
によると
3156時頃に大きな音がして4号機原子炉建屋が損傷しました。
大きな音を伴っているので爆発でしょう。
また
によると6時ころ2号機のサプレッションプール(圧力調整室)で異音が発生するとともにサプレッションプール(圧力調整室)の圧力が低下しました。
この音は4号機付近の音と後に訂正していたような気がしますが、サプレッションプール(圧力調整室)に穴が開いたのは間違いなさそうです。

もう一度、正門付近の拡大グラフを確認します。

31560073.2μSv/hだったのが650583.7μSv/hと放射能の値が跳ね上がっています。

写真もとには申し訳ないのですが・・・
の写真を少し加工させてもらいました。
ゴメンナサイ

正確な写真は画像元で確認ください。
廃棄筒と3号機を繋ぐパイプが外れています。
おそらくこのとき外れたのでしょう。
ここから3号機の格納容器からプルトニュウムを含む放射能が直接漏れたはずです。

東電(電力会社)になんかに原発をませていおいてはいけません。

*******
ところで
燃料プールはとても危険なものであることがまだわからないらしい
燃料プールの水がなくなれば手がつけられない、とんでもないことになるのです。
チャイナシンドロームが目の前で起こるのです。


電力会社はかつてこのプールを一般人に見学させていました。
テロ対策など行っていなかったのです。(バカヤロー)



2012年2月5日日曜日

南極の地上データと高層データ 気温の変化

私は奇妙な気温の上昇を体験したことがあります。
小雨が降る中、雲の切れ間から日が射したとたん気温が上がり露点が下がりました。
日が射しても小雨が降っている状態ですから地表面の温度が上がる訳はありません。
「空気が可視光を吸収する?」「露点(水蒸気圧)が下がるのは何故?」・・・・
「何故だかわからないが、エネルギー保存則は満たしているのだろう。大気中での蒸気の減少は水蒸気が液体の水になった。水になった分の潜熱が気温を上げたのだろう。」
と、真偽は分かりませんが…納得して
「ずいぶん変わった事が起こるものだ」
と思ったのを記憶しています。

筑波山のデータをみると大気の温度変化は大気や地表を冷やす要素などが複雑に絡み合っていることがわかりました。

日照によってすぐに大気が暖まるわけではありませんでした。


そして、南極のデータをみていると大気潮汐が日射より大気が暖まり軽くなって起こるとの考えは正しくないと思うようになりました。
赤外線で大気が暖まるなど第2法則に反しますので論外です。
大気が赤外線を吸収しても、大気を暖めるほどの赤外線量はもともと存在していません。

今回は南極の高層資料で気温を中心に気圧の関係をみていきます。

昭和基地のデータは気象庁のホームページから得ました
地上データ 1990~2010年 (毎時の記録が揃ったデータ)
高層データ 1989~2010

筑波山のデータは「筑波山気象・水文観測プロジェクト」からダウンロードしました。
筑波山気象・水文観測プロジェクトのホームページ
データがダウンロードできるページ
機器構成


1.南極昭和基地の気温と気圧
1-1地上気温と気圧
高層データをみる前に、地上の気温と気圧の関係を筑波山のデータで復習しておきます。
不思議な気温の三角形は、筑波山では2月と8月、昭和基地では1月に観測されました。
昭和基地と近いのは筑波山の2月だと思われますので比べてみましょう。
下のグラフは2月筑波山の気温、地表温(地表)、地中温(地温)の時刻別の平均値です。

地表の温度は昼過ぎから下がり始めますが、c領域の時間帯は地表が空気を暖め気温が上がります。
細かいことを気にしなければ最高気温は地表温と気温が交差する時間と考えてよいと思います。
気温と気圧を比べてみます。



気温のピ-クと気圧の低極の出現時間が少しずれているのが気になりますが・・
作業仮説として、気圧のへこみは気温が上がったため膨張し、水平方向へ空気が流出したためと考えてよさそうです。

一方、昭和基地の1月は


南極の大気潮汐は地上気温と全く関係がなさそうですので、上空の大気潮汐がそのまま表れたと思われます。
日本のように、日射により1500m程度まで等温位になることは南極では無いと考えてよいと思います。(後出の昭和基地12Zの温位エマグラム参照、12Zは南極では15時にあたります)
大気潮汐は、日照(可視光)を吸収して暖まり起こっているとの考え方がありますので日照も確認しておきます。


俗説的に12~15時の間に低極がでるとすると、日照と大気潮汐は直接関係がないように思えます。
(俗説的とは、日照により地表はエネルギーを24時間得ているのに何故気温が上がり続けることがなく日変化がおこるのか?答えられないからです。)

しかし、日照と直接に関係がなくとも、大気潮汐のエネルギー源は間接的に日照と考えてよいでしょう。
筑波山の気温も日照とは直接に関係ありませんが、地表や地温を通して間接的な影響を受けているのは明らかです。
また、日変化を起こす地表面を冷やす「何か」の影響も受けています。(筑波山シリーズ参照)


すると気圧もこの「何か」の影響を受けているかもしれません。

昭和の高層資料で気温と気圧の関係を調べてみましょう。
1-2昭和基地の気温高層資料
昭和基地ではグリニッジ時+3時間で生活しています。高層観測はグリニッジ時の0時(00Z)と12時(12Z)に世界中で同時に観測されます。
00,12zは昭和基地では3時、15時にあたります。ここでは日照の影響が比較的少ないので、00zのデータを中心にみることにします。
1-2-1気温
気温データをみる前に南極の日照が最大になるのは12月で6月は日照がありません。また、日本の日照が最大になるのは6月ですが、夏が8月になるのは気団が入れ替わり太平洋高気圧に覆われるためであることに注意しておきましょう。
私は南極について、何も知りませんが気団の入れ替わりがあるとは考えにくいと思います。
南極の月別の平均気温を確認します。

昭和基地の地上月平均気温は1月が一番高く、8月が低くなるようです。
標高は18.4mのようですから、海面から約20mの温度を観測しています。

月別高層の気温を見ましょう。
高層資料は高度50m200m単位でまるめました。
大雑把に200m毎の平均気温ですが、0mの温度は標高100mの温度に近いと思います。
100m程度の誤差は含んでいると言うことです。

1)1~4

私はこれほどの高さまでプロットするのは初めてです。
対流圏界面とはなにかよく分かりませんが、対流圏の上と考え常識をたよりにします。

1~4月は対流圏と対流圏界面の間で逆転層が形成され、対流圏の最低気温は標高8600~9000mで出現しています。

しかし、対流圏界面の動きはかなりダイナミックですね。


地上から逆転層までの気温は直線的に下がっています。
この気温減率を計算してみました。
    気温減率
1月 -0.563 ℃/100
2月 -0.565 ℃/100
3月 -0.538 ℃/100
4月 -0.537 ℃/100
 となりました。

気温減率の最大と最小の差は003/100m程度ですから、100mの平均気温から標高8000mの温度の平均を予想しても2.4℃程度の誤差しか生じないはずです。



1 00,12z(現地時間3,15時)の温位エマグラムをみると温位も直線的上空に向かって上がっています。
1月ですから00Zでも 日照があります。
日照があるにもかかわらず、地表付近で等温位になることはなく、超安定な大気で日射のエネルギーは見かけ上大気に供給されていません。
地上の気温が上空の気温に影響を与えているとは考えられません。
逆に、気温減率は安定(直線的)していますので上空の気温が地上の温度に影響していると考えられます。
地上の気温は逆転層の温度と高さによってきまると考えてもよさそうです。

また、00zは日照があるにもかかわらず、200m程度の冷気が溜まり、12zでも全く等温位層が上空に広がりません。
これでは、長野県や山梨県によくできる熱的低気圧は南極ではできません。

やはり、南極の大気潮汐は上空の気圧変動とみるべきだと思います。

2)5~8


6月は日照がなくなる月です。1月から日照が弱まると対流圏と対流圏界面の境界が10000m辺りから25000mに移り、8月には境界が20000m辺りまで降りてくると考えてよいのでしょうか?
点線は乾燥断熱減率の傾きを表しています。
6月の極夜からさらに冷える89月へ向かって乾燥断熱減率を示す領域が出現します。

68月を比べてみましょう。

黄色く着色した領域は温度減率が乾燥断熱減率に近く興味深い領域です。
理想気体に近く風向・風速が揃っているかもしれません。
余計な事ですが、関東で日中に地上から800m程度が等温位(等エントロピー)になると、上空800mの強風が地上でも吹くのはよく経験するところです。(現場では「混合対流が起きて、上空の風が降りてくる」と教えられました。訳の分からない理屈なので経験則と理解していました。)
ひょっとすると強風帯に対応しているかもしれませんが、風のデータはダウンロードしていませんのでわかりません。
また、高度2300mでは68月の気温が逆転しています。
月別の現地気圧を確認しておきましょう。



現地気圧は気温の高い6月が高く、気温の低い8月が低くなっています。
ちなみに0mと23000mの気圧差は
6月  963.6hPa
8月  960.0hPa
でした。・・・???
細かい事は省略しますがこのことは6月の空気のほうが暖かいのに1㎥あたりの質量が大きく、重くなっていることになります。

観測誤差??でしょうか?
今のところ根拠はありませんが、観測誤差ではなく観測事実だと思います。
このことは高さ毎の気圧について調べれば判断できると思います。
調べるのは次回にし、ここでは観測事実として進めます。


大気潮汐の考え方は、上空の大気が可視光を吸収し暖まり軽くなって潮汐が起こるとしたものでした。
しかし、現実の南極大気は温度が高いからと言っても軽いとは限らないと言うことで、空気の質量密度を変えるのは温度以外にも存在すると考えるべきだと思います。

3)9~12


日照が増えるステージで17000以上の空気の昇温が顕著で極値の高度は降りてくるように見えます。日照が最大になる12月に何かが壊れて10000m付近で逆転層が形成され、その後4月にかけ8800m付近まで降りてくるように思えます。
8月から昇温するステージを比べてみます。



8から10月にかけては20000m付近から上で気温の上昇が顕著で、10から12月は10000~23000m付近の空気の気温上昇が顕著です。
12月は日照が最大になる月です。
15000mで温度の飛びがありますが、本当か?と疑いたくなります。
何かのシステムが壊れたイメージです。
その前兆は8月は25000m、10月は20000m付近に現れているのかもしれません。


*********
長くなりましたので、高層資料による気圧は別にします。
本当に温かい空気の質量密度が大きい(重い)のかが分かるかもしれません。


雲取山避難小屋